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東京高等裁判所 昭和30年(行ナ)53号 判決

原告 日本石油株式会社 外九名

被告 公正取引委員会

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、原告らの請求の趣旨及び請求の原因。

原告ら代理人は、「被告が原告ら外一名に対する公正取引委員会昭和二十八年(判)第一号私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律違反審判事件について。昭和三十年十二月一日にした審決のうち、原告らに関する部分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として次のように陳述した。

一、被告は、昭和三十年十二月一日原告ら及び訴外スタンダード・ヴアキユーム・オイル・カンパニー(日本支社)を被審人とする前示昭和二十八年(判)第一号事件について、別紙審決書写のとおり審決した。

二、原告らは、この審決に不服であつて、次の諸点について争うものである。

(一)  審決の基礎となつた事実を立証する実質的な証拠がない。

被告が審決の基礎として認定した事実(審決書の事実と題する部分)中、二の(一)(二)(三)の事実中、昭和二十七年七月中原告らの社員が日本自動車会館において集合した事実を除くその余の事実、三の(一)(二)の事実中、昭和二十七年七月下旬原告らの社員(氏名を除く)が大阪商工会議所に集合した事実を除くその余の事実、四の事実中原告らの入札についての具体的価格を除くその余の事実、すなわち原告らが申合せに基いて入札した事実については、いずれもこれを立証する実質的な証拠がない。その詳細は次のとおりである。

(1) 審決書の事実二、について。

昭和二十七年七月の日本自動車会館での会合は、決して価格の問題を協議するために集まつたものではなく、平素随時この種の会合はあつたのであるが、当時、事業者団体設立の気運が生じたのでその打合せのため集まつたのである。審決は、「価格競争は統制時代より一段と激化するであろうとのみとおしの下に」集まつたとなし、価格の問題を協議するため会合したものとするものの如くであるが、そのような証拠はない。価格のことは協議するために集まるとすれば、自動車会館などという最も不適当な場所に集まる訳はない。また会合した原告らの社員の多くは価格協定をする用意も権限もなかつたのである。ノーマルな販売活動なら格別、他社とのカルテル協定など―それが適法であると否とに拘らず―一般には販売課長級の人々と雖も独断ではできるものでなく、しかも本件では経営首脳部は事前の相談はもちろん、事後の報告すら受けていないのであるから、これらの事実から推断しても価格協定をした筈がない。

審決は、了解の成立を立証する証拠の一部として、渡辺益太郎、深尾憲治、鈴木憲次郎、奥村泰三、是川恵敏、笠井敏直、日野克己、石黒功、近藤一郎らの陳述を引用しているが、これらの陳述は、いずれも表現に差こそあれ、了解成立の事実を否定しているのである。しかるにこれらを綜合資料として、いかにして了解成立の事実を認定できるのかは、理解に苦しむところである。本審決の如く本件に顕出された殆んどすべての証拠方法を無差別に羅列し、これを綜合して認定するというのでは、本件全証拠に照らし明白なりというに等しく証拠説明の実を為していない。たとえ、証拠の一部としてとはいえ、右渡辺等の供述を援用するならば一二了解成立の事実を肯定している断片的な証拠があつたとしても、その証拠価値は極めて薄弱であることが容易に看取できるのであつて、了解成立の事実は認定できなかつた筈である。心証の形成はもとより被告委員会の自由である。しかしそれはあくまで実質的な証拠があり、合理的でなければならぬ。特に審決は審決案の文句を踏襲して、「被審人らの代理人は結論がなければ申合せがないかの言をなし各参考人の言葉を引用するがヽヽヽ」とされる。しかし原告ら代理人の引用する各参考人の言葉例えば渡辺益太郎の「自粛という話はあつたが結論は会合では得られなかつた」、日野克己の「ヽヽヽ結局は結論を得る迄には至らなかつた」という供述中の「結論を得られなかつた」というのは、「何等申合せにも了解にも達しなかつた」という意味であることは何人にも一読して極めて明白ではなかろうか。若しこの意味に解しないで、そもそも審決は右証言を如何なる意味に解せんとするのか。かような不可解な証拠判断をすればこそ、これらの供述をも了解成立の証拠の一部として引用したのであろうが、この事は明らかに審決が実質的証拠を欠如することを物語つているのである。

審決が羅列している尨大な証拠のうち、形式的に見て了解成立の証拠となるかの如く見えるのは、弘永隆ら出光関係の参考人及び文書、並びに丸善の丸亀出張所の書信に過ぎないのであつて、出光関係の証拠は、すべて弘永隆の誤認に基因するものである。丸善出張所の書信も証拠力薄弱で、当時行われていた風説に基いたものに過ぎない。

審判官の審決案は、結論として、「之を要するにヽヽヽこの種の会合における話合のうちに多数の意向が一致するときはその他のものもこれによることとなるという慣らわしが成立するから、加うるに平素被審人業者間の関係において多数の意思に反して行動することは情義上その他の理由により実際上困難となるわけでその間申合せとしての効果が期待されるから数度の会合に於て大部分の業者が相互に他の業者も異存のないことをくみ取るようなその場の空気であれば黙示的の意思の合致を認むべく、…」(審決案二七、二八頁)と判示している。尨大な数に上る証拠を以てしても、遂に、了解の成立を事実として証明することができないため推論として論証せざるを得なくなつたものである。審決は、他の部分は殆んど審決案をそのまましき写しにしながら、この点は反復していないが、審決案作成後に委員会に新たな証拠が出た訳ではないから審決も審決案と同様な推論の下に了解の成立を認定したものといわねばならぬ。併しながら第一、本件に於て「多数の意向が一致」したという証明はない。了解と見たのは僅か一二であつて決して多数の意向が一致した事実はない。審決は、「大部分のものが相互に異存のないことをくみ取るようなその場の空気」というが、決してそんなことはない。腹のさぐり合いであつてそれ以上のものではなかつた。敢えて反対を申出でなかつたとしてもそれは、諒承の意味を含蓄する「異存のない」ということではない。この両者を混同した審決は既にこの点に於て失当であるが、更に「多数の意向が一致するとき」は「その他のものもこれによることとなるという慣らわしが、成立する」とか、「大部分の者が相互に-相互にというのは大部分の者だけの間でと解する外はない-他の業者も異存のない」ときは黙示的の意思の合致を認めるとかというのは明らかに経験則を無視するものである。どちらでもいい社交的な事や大して利害関係のない事柄ならば格別、自己の生命である商売の上の、而もその中心である価格に関しては断じてかような慣らわしが成立するものではない。現に審決もスタンダードはその会合に列席しながら、「同一立場において行動したものではなかつた」と認定されているではないか。

審決は、申合せ成立時期については、最終的には昭和二十七年七月十八日としているが、七月十八日には、四、五人の人がこぢんまり談話室に集まつたに過ぎないことは、証拠により明白なところで、とうてい原告ら会社の申合せなどあり得ないのである。審決が特定日を指摘する必要なしとするのは、これを指摘することができないからであり、これを摘摘することができないのは申合せがないからに外ならない。原告らの社員が昭和二十七年七月中事業者団体設立の打合せのため数回自動車会館に会合した事実があり、その席上で何かのキツカケに価格の自粛問題の話題に上つたことも事実であるが、それはその場限りの雑談的なフリー・トーキングに終始し、申合せをしたことはないのである。しかるに審決はその後たまたま入札価格の一致した若干の事例があるのを捕えて、強いてこれを会合に結び付けんとするもので全く偏見である。

(2) 審決書の事実四、について

中央気象台、警察予備隊等の石油製品の入札に当つて、旧元売統制価格に近い、ほぼ一致した価格が若干出た事実の存することは、争わないが、右は原告らの申合せに基くものでなく、入札価格の一致については、その原因とおぼしき次の各種の事情があつたのである。

問題の七月以前と以後とを比較して異なる点は、価格が全般的に上昇をたどり、旧統制価格に接近してきたことであつて、それは、

(イ) 統制撤廃直前においては、はげしい値下競争が行われ、その価格は不当な安値になつていたことは関係者の一致して認めるところである。従つて早晩価格が反転上昇に向うことは必至の情勢であつたのである。

(ロ) 石油の統制は十数年の長きにわたつて行われ、深く業者の脳裡に根ざしていたのであるから、それが撤廃された後も暫くの間は惰性的な影響をもつて、おのずから価格の標準的な目標となるのは、容易に想像できることである。

(ハ) 監督官庁たる通産省も、旧統制価格を適正と認め、統制撤廃後も差し当りは、これを基準にして不当な値引競争を避けるよう統制撤廃を機会に強く要望したのである。監督官庁は価格について命令権はないが、その行政指導は業者に対し相当強い影響力を持つことは言うまでもない。当時の通産省の当局者である松田、川上、百武、吉岡らは、いずれも明瞭に旧丸公を基準にするように言つた旨供述している。この点につき、審決が「当局より一応の希望的意見は表明されたが、価格そのものについて旧統制価格の維持を明言したと認めることはできない。」としているのは、証拠を無視した認定である。

以上の諸事情が重り合つて、統制撤廃という新事態を契機に各社が期せずして、旧元売統制額を基準にする行動に出たとしても、決して理解し難いことではない。

(二)  一定の取引分野と競争の実質的制限について。

審決は、石油販売業界においては、一般市場のほか大口需要者が行う入札、あるいは見積り合せ等に応じて石油元売業者が直接大口需要者に販売するという一定の取引分野が形成されるとしている。しかし、このような一定の取引分野が形成されていることは争う。仮に審決認定のような一定の取引分野が形成されているとしても、本件で問題の中央気象台、警察予備隊等の入札はその中のきわめて微々たる部分であつて、それらの入札において、たまたま二三入札価格の一致した事例があつたとしても、取引の実質的制限と目すべきものではない。

第二、被告の答弁

被告代理人は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、原告らの請求原因につき、次のとおり述べた。

一、被告が原告ら主張の審決をしたことは認める。

二、(一)審決の基礎となつた事実を立証する実質的な証拠がないとの主張について。

審決認定の事実中、原告らの争う部分については、被告の引用する各証拠によつて認定できるものであるから、審決の基礎となつた事実を立証する実質的証拠に欠けるところはない。本件のごとき事案においては、特に各個の証拠によつて判断することはきわめて不適当であり、審決摘示のように数多くの証拠を綜合判断して初めてその真相を把握し得るものであり、審決が採証の方則を無視したとの非難はあたらない。

(二) 一定の取引分野と競争の実質的制限についての原告らの主張について。

原告らは、問題の官庁入札は、きわめて微々たるもので、それらの入札においてたまたま二、三価格の一致した事例があつたとしても取引の実質的制限などをもつて目すべきでないと主張するが、被告は本件においては、石油元売業者が官庁入札を含めて大口需要者に直接販売するという一つの市場が形成され、原告らの行為がその入札価格を通じて各社間の販売競争を現実に抑制したものと認定し、これを取引の実質的制限に該当するものと判断したのである。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

被告が昭和三十年十二月一日原告ら及び訴外スタンダード・ヴアキユーム・オイル・カンパニー(日本支社)を被審人とする公正取引委員会昭和二十八年(判)第一号私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律違反審判事件について、別紙審決書写のとおり審決したことは、当事者間に争のないところである。よつて原告らの争うところについて、以下順次判断する。

一、審決の基礎となつた事実を立証する実質的な証拠がないとの主張について。

(一)審決書の「事実」と題する部分中二の事実について。

原告らは、審決書の事実と題する部分二の(一)(二)(三)の事実中昭和二十七年七月中原告らの社員が日本自動車会館において集合した事実を除くその余の事実は、これを立証する実質的な証拠がないと主張するので、これを検討する。

まず、審決書の二の(一)(二)(三)の事実はいずれも、別紙審決書証拠の部で、被告がこの点の証拠としてあげた証拠で、かつ被告が本訴において引用した各証拠をそれぞれ綜合してこれを認めることができる。

原告らは、まず、審決が右(一)において「価格競争は統制時代より一段と激化するであろうとのみとおしの下に」として、あたかも原告らが価格問題を協議するために会合したかの認定をしていると攻撃するけれども、被告の引用する引用乙第二十号証(昭和二十七年七月五日付昭和石油株式会社東京営業所長発特約店あて文書)には、「七月一日より統制も廃止されました結果各需要家に於ては燃料油も競争入札或は見積制を採用される様になると考へます。従而各社の価格競争も今後益々激甚を極め暫時市価も乱調子となることゝ予想されます」とあり、その他被告の引用する引用乙第一号証、第三号証、第五号証、第六号証、第十二号証、第二十一ないし第二十五号証、第二十七号証、第三十九号証、第四号証、第四十号証、審判手続における参考人百武寛、川上為治、弘永隆、渡辺益太郎、近藤一郎、森平東一の各陳述は、審決書記載の二の(一)の事実のうち原告らが当時かかるみとおしを持つていたとの認定の合理的基礎たり得る証拠と判断するのが相当である。

原告らは、(二)の認定事実につき、(イ)日本自動車会館での会合は、価格の問題の協議のためではない、(ロ)会合した原告らの社員の多くは価格協定をする権限がなかつた、従つて価格協定をした筈がないと争つている。(イ)しかし、その会合の直接の目的が価格問題協議にあるかどうかは、何ら本件で問題ではなく、審決も特に価格問題の協議のために会合したとは認定していない。会合の席上価格についての了解に達したと認定しているのである。しかも、引用乙第三号証(渡辺益太郎供述調書)には、「四、石油製品元売業者の課長級クラスで統制撤廃後も競争するばかりが本意ではないので懇親を兼ねた飯喰い会のようなものを行つている。七月以降八月にかけて場所は自動車会館の「オーシヤル」で三、四回、それ以降丸善石油で二、三回行つている。」との供述が記載してあり、引用乙第五号証(北村俊夫供述調書)には、右会合で「議題の中心となつたのが、当時石油業全般の問題となつていたのは市場の安定についての対策でありました。」なる供述が記載してあり、これらの証拠から、日本自動車会館での会合が当初の一回はとも角として、それ以後の会合においては、価格の問題が協議されることが参会者に予め判つていたと認めても、必しも不合理ではない。従つて、この点からするも、原告らの(イ)の主張は理由がない。(ロ)については、前記会合に出席した原告らの社員が原告らの会社の営業または販売業務担当者であることは、引用乙第三号証、第五号証、第六号証、第二十一ないし第二十六号証、第二十八号証によつて明らかなところであり、また前掲引用乙第一号証(弘永隆供述調書)中の「私は出光興産株式会社の販売課長をしております。販売課は、各支店に於ける石油製品販売業務の指導、監督とか、大口需要者に対しての入札、契約その他の交渉というやうな仕事をやつています。」なる供述記載、引用乙第二十一号証(深尾憲治供述調書)中の「私は三菱石油株式会社の営業課長をしております。営業課に於ては、営業方針の企画、立案、販売業務の統制、特約店の管理等の事務を担当しております。」なる供述記載よりするも、これら営業または販売業務担当者らが原告ら会社のため販売価格についての申合せをすることは、何ら不合理ではない。従つて原告らの(ロ)の主張もまた理由がない。前掲引用乙第一号証(弘永隆供述調書)には、「我々元売業者の販売値段は、旧〈公〉元売価格を基準として、できるだけ市場の安定を図ることにしようと申合せました。」なる記載があり、引用乙第三号証(渡辺益太郎供述調書)には、「いわゆる価格の安定化について意見を交換したという程度に止まつた。」なる記載があり、引用乙第五号証(北村俊夫供述調書)には、「吾々元売会社の営業責任者としては自粛販売して値を引き締め、値崩れを防止するのが、最良の対策であるという点で意見の一致をみました。自粛販売の方法として元売会社は燃料油については、旧〈公〉元売価格で、機械油はこの価格から一キロリツター当り五、〇〇〇円引相当の価格でそれぞれ販売することを申合せました。この申合せはオーシヤールでの第二回目のときの会合だつたと思います。」なる記載があり、さらに右証拠に対応する引用乙第十一、第十二号証(斎藤純一供述調書第一、二回)、引用乙第十六号証(出光興産株式会社京都出張所作成、「石油協同組合成立後の活動状況に就て」と題する文書)中の「官庁入札については其都度組合員会合し元会社の指示価格、

燃料油 旧元売価格

潤滑油 旧元売価格の五、〇〇〇円引

を再確認して入札実施、抽籖受註の方法に依つて来た」なる記載、引用乙第十七号証(大阪府石油協同組合理事長作成、「市場安定と販売業者の業態改善に関する件陳情」と題する書面)中の「各元売業者において去る七月二十一日より価格引締めを行い市場の安定に乗り出された事は大慶の至りであります。」なる記載があることから考え、昭和二十七年七月中原告らの営業または販売担当責任者が、「特に大口需要者に対する販売につき、…………結局は統制撤廃直前のいわゆる旧丸公、すなわち燃料油は旧元売統制額、機械油については旧元売統制額の五千円引価格を基準として自粛販売するとの了解に達した」なる被告の事実認定は、右掲記の証拠と被告の引用するその他の証拠とあいまつて、実質的な証拠による事実認定というべきである。

原告らは、被告において、「本件に顕出された殆んどすべての証拠方法を無差別に羅列し、これを綜合して認定するというのでは、本件全証拠に照らし明白なりというに等しく、証拠説明の実を為していない」と攻撃しているけれども、本件において被告が別紙審決書の証拠の部であげている各証拠を調べれば、被告の事実認定に到達した根拠は自ら明らかなるものがあるから、原告らの右攻撃は理由がない。原告らの指摘する参考人の陳述部分は、結局被告が信用しなかつたと見るのが相当であつて、この点に関する原告らの主張は、証拠の信憑力に対する被告の判断ないしは被告のなした証拠の取捨選択の攻撃に帰する。私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下私的独占禁止法と呼ぶ)第八十条の法意は、公正取引委員会の事実認定に対する裁判所の審査の範囲を事実を立証する実質的な証拠の有無に限定し、公正取引委員会の引用する証拠自体が実験則に反する等の理由によりこれを信じることが合理的でないと判断される場合、あるいは、原告らの引用する反証と対照してその信憑力が阻却される場合の外は、公正取引委員会の証拠の信憑力に対する判断は、裁判所を拘束するものとするにある。しかして公正取引委員会のなすところの証拠の取捨選択は、結局証拠の信憑力に対する公正取引委員会の判断に外ならない。原告らのあげている反証を参照しても、被告の事実認定が合理的証拠に基かないものとなすを得ないことは、前段の説示によつて了解されるであろう。この点についての原告らの攻撃はすべて理由がない。

原告らは、出光関係の証拠はすべて弘永隆の誤認に基因するもの、丸善石油株式会社丸亀出張所の書信(引用乙第三十一号証中で、その中に「当社は協定価格の線で入札せしめました」なる記載があるもの)は、証拠力薄弱で、当時行われていた風説に基いたものと主張しているけれども、右は前掲各証拠を合せ考えると到底首肯し難い議論である。

次に、原告らは審決案の説示を引用して、価格についての了解に達した旨の審決の事実認定が明らかに経験則を無視していると主張しているけれども、被告が、審決において、原告らの指摘している審決案の説示を採用しなかつたのは、被告は、審判官の作成した審決案の説示を相当としなかつたものと解釈するのが正当であつて、「審決も審決案と同様な推論の下に了解の成立を認定したものといわねばならぬ。」との原告らの所論は失当である。しかのみならず、さきに当裁判所の判断を説示したところに従えば、審決のあげた各証拠を綜合することにより合理的に、価格についての了解の成立に関する審決の事実認定に到達し得ることは明らかである。被告のこの認定には、経験則に違背するところはない。原告らは、要するに、その引用する証拠に基いて被告の事実認定を攻撃しているのであつて、被告のなした証拠の取捨選択を非難しているのに外ならない。この点についての当裁判所の判断は、前段説示のとおりである。「スタンダード・ヴアキユーム・オイル・カンパニー(日本支社)」(以下「スタンダード」と略称する)については、引用乙第五号証によれば、「スタンダード」の社員北村俊夫が、原告ら社員の会合に、「オブザーバー」であることを明らかにして出席したものであることが認められ、「スタンダード」の立場が原告らの立場と異なつていたことが明らかになつているから、「スタンダード」が、原告らと「同一立場において行動したものではなかつた」との審決の結論は、原告らに対する審決の事実認定に影響を及ぼすものとはいえない。この点についての原告らの攻撃もまた理由がない。

さらに、原告らは、被告がその事実認定において申合せ成立時期を「昭和二十七年七月中」とし、七月中の特定日を認定しなかつたことを攻撃しているけれども、このような認定が被告引用の証拠による合理的な結論であることが、前段説示のとおりである以上、かかる認定が実質的証拠によらないものであると言うことはできず、原告らの攻撃は理由がない。

(二)  審決書の「事実」と題する部分三の事実について。

原告らは、審決書の「事実」と題する部分三の事実について、昭和二十七年七月下旬原告らの社員(氏名を除く)が大阪商工会議所に集合した事実を除くその余の事実は、これを立証する実質的な証拠がないと主張しているけれど、右事実は、別紙審決書証拠の部で被告がこの点の証拠としてあげた証拠で、かつ被告が本訴において引用した各証拠をそれぞれ綜合してこれを認めることができ、原告らの本訴において引用する各証拠によつても、審決の認定の合理性を奪うことはできない。

(三)  審決書の「事実」と題する部分四の事実について。

原告らは、審決書の「事実」と題する部分四の事実中、原告らの入札についての具体的価格を除くその余の事実、すなわち原告らが申合せに基いて入札した事実は、これを立証する実質的な証拠がない。入札価格の一致については、その原因とおぼしき次の各種の事情があつたと主張しているけれど、申合せの存在が、実質的証拠によつて立証せられているものと判断せられることは、前段説示のとおりであり、かつ被告の引用する証拠によれば、これ以前の大口需要者に対する入札又は見積合せにおいては、各自の入札又は見積価格が区々であつたことが明らかであるのに、当事者間に争のない本件中央気象台等における原告らの入札した具体的価格がほとんど一致していることを合せ考えれば、入札が前段説示の申合せに基くものとすることは、当然の論理的帰結というべきもので、この点の審決認定事実は、実質的証拠によつて立証せられているものと言うを妨げない。原告らは、価格に関する申合せがなかつたとの前提の下に、入札価格の一致を来すに至つた原因として、(イ)(ロ)(ハ)の事実を上げているが、(イ)本件において、当時価格が反転上昇する必至の情勢にあつたことはうかがい得ないし、(ロ)、(ハ)もまた入札価格一致の原因とは認め難く、原告らの間の価格に関する申合せの事実認定が動かし難い以上、原告各社が期せずして旧元売統制額を基準とする行動に出たとの原告らの主張は、到底首肯し難いものである。

二、一定の取引分野と競争の実質的制限についての主張について。

(一)  原告らは、審決が石油販売業界においては一般市場のほか大口需要者が行う入札あるいは見積合せ等に応じて石油元売業者が直接大口需要者に販売するという一定の取引分野が形成されるとしたことについて、これを争うので考えるに、原告らがいずれも日本における石油元売業者であり、その販売量の合計は全国販売量の大部分(九〇パーセント以上、但しこれにはスタンダードを含む)を占めているものであることは審決の認定するところであり、原告らの石油製品の販売はいわゆる元売として各その傘下配給系路を通じてする一般消費者向けのものとともに、別に官庁その他のいわゆる大口需要者に対して元売業者自ら直接これを販売するものであることも、本件において明らかであるから、これらの全部を通じ国内における石油製品の販売市場が他の種目の商品のそれから区別されるべき一の取引分野を構成することはもちろんである。このうちこれら大口需要者に対する石油製品の販売は、おうむね原告ら元売業者がひとしく参加の機会をもつ入札又は見積合せ等に応ずることによつてなされるものであるから、これら石油元売業者らは大口需要者を共通の顧客としてこれに対し同種の商品を供給し又は供給し得ることにより相互に競争関係に立つものであることは明らかであつて、全体としての石油販売市場の中に、さらに大口需要者に対する元売業者の直接販売という、細分された取引分野が形成され、これが元売業者の傘下系路を通ずる一般需要者向け販売から区別されるべき一の競争圏として成立するとみるのを相当とし、この点に一定の取引分野が存するとする審決の判断は正当である。

(二)  次に原告らは本件で問題とされている中央気象台、警察予備隊等の入札は、前記一定の取引分野中のきわめて微々たる部分であつて、それらの入札においてたまたま二三入札価格の一致した事例があつたとしても、競争の実質的制限と目すべきものではないと主張している。競争を実質的に制限するとは、競争自体が減少して特定の事業者又は事業者集団がその意思で、ある程度自由に価格、品質、数量その他各般の条件を左右することによつて市場を支配することができる状態をもたらすことをいうところ(当庁昭和二六年(行ナ)第一七号東宝株式会社対公正取引委員会間審決取消請求事件昭和二八年一二月七日言渡判決参照)、原告らは日本における石油製品販売量の大部分を販売する元売業者であり、これが審決認定のような価格協定を結び、特に大口需要者に対する直接の販売につきその協定に従い事業活動に従事するときは、大口需要者に対する元売業者の直接販売という一定の取引分野において、原告ら競争者相互間の競争は、少くとも価格の面において全く抑圧せられ、これによつてこの市場を支配し得る状態はすでにもたらされているものというべきことは明らかである。

本件審決において指摘せられた中央気象台等の入札による販売が大口需要者への販売の全体に対してどのような割合を占めるかは本件において明らかでないが、前記協定の趣旨はたんに右二三官庁の入札にのみ関するものではなく、すべての大口需要者への販売について一様に適用されるべきものであつたことは自明であつて、審決掲記の各入札は、要するに現実に原告らが協定にそい相互に事業活動を拘束した結果の事例に過ぎず、いいかえれば、原告らの人為的行為によつてすでにもたらされた市場支配の外部的表現としての意義を有するものであり、その余の大口需要者に対する販売についても本件価格協定の存する限りは、他にとくだんの事情がない以上その入札、見積合せ等において同様の結果を見るべきことはおのずから明らかである。

従つて審決が本件をもつて競争を実質的に制限するものと判断したのは相当であり、仮りに原告ら主張の如く本件で指摘せられた二三入札による販売が微々たるものであつたとしても、そのことの故に右判断を左右すべきものではない。

三、なお、審決認定の事実は、昭和二八年法律第二五九号、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の一部を改正する法律(昭和二十八年九月一日施行)の施行前に生じた事項であるけれども、同法附則4によつて、被告が右法律を適用したことは相当であり、被告の法律の適用には、違法ないしは独断に過ぎ、又は不当であると認められるところはない。

よつて審決の取消を求める原告らの請求を棄却し、訴訟費用は敗訴の当事者たる原告らの負担とし、主文のとおり判決する。

(裁判官 安倍恕 藤江忠二郎 浜田潔夫 猪俣幸一 浅沼武)

昭和二十八年(判)第一号

審決書

被審人 日本石油株式会社

被審人 三菱石油株式会社

被審人 昭和石油株式会社

被審人 日本鉱業株式会社

被審人 丸善石油株式会社

被審人 大協石油株式会社

被審人 出光興産株式会社

被審人 日本漁網船具株式会社

被審人 ゼネラル物産株式会社

被審人 シエル石油株式会社

被審人 スタンダード ヴアキユーム・オイル カンパニー(日本支社)

右被審人らに対する私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下私的独占禁止法という。)違反審判事件につき、審判官阿久津実は審決案を作成し、昭和三十年四月二十七日事件記録と共に当委員会に提出し、かつ審決案の謄本を被審人らの代理人らに送達した。

右審決案につき、同年五月十日被審人日本石油株式会社外九社の代理人から委員会に対して、公正取引委員会の審査及び審判に関する規則(以下規則という。)第六十八条により異議の申立があつた。委員会は審決案を調査し次の通り審決する。

主文

一、被審人日本石油株式会社、同三菱石油株式会社、同昭和石油株式会社、同丸善石油株式会社、同出光興産株式会社、同ゼネラル物産株式会社、同日本鉱業株式会社、同大協石油株式会社、同日本漁網船具株式会社および同シエル石油株式会社は、共同して対価を決定することにより石油製品販売における競争を阻害してはならない。

二、被審人スタンダード・ヴアキユーム・オイル・カンパニー(日本支社)の行為につき私的独占禁止法第二条第六項に該当する事実は認められない。

事実

一(一) 右被審人らは、いずれも肩書地に本店または支店を設け、石油製品のいわゆる元売販売を業とし、その販売量の合計は全国販売量の大部分(九〇パーセント以上)を占めているものである。

(二) 石油業界は、戦時中の統制から引き続き戦後も厳格な統制(配給ならびに価格)が行われてきたが、昭和二十六年九月機械油の統制が解除されたころから需給関係は漸次好転し、

(三) 二十七年に入るや、石油製品はむしろ値下りを生じ、同年六月一ぱいをもつて統制は全面的に撤廃されることとなつた。

二(一) しかして被審人らは、昭和二十七年一月以降既に石油製品の取引において元売統制額以下で売られてきた場合の多いこと、殊に入札の際の値引競争につき対策の必要を感じてきつつあつたところ、同年七月一日統制廃止の運びとなるにおよんで、完全な自由競争となれば価格競争は統制時より一段と激化するであろうとのみとおしの下に、

(二) 昭和二十七年七月中東京都中央区銀座西二丁目一番地日本自動車会館において、日本石油株式会社販売課長代理渡辺益太郎または営業部副部長寺田統一郎、三菱石油株式会社営業課長深尾憲治、昭和石油株式会社販売課長鈴木憲次郎または課長代理徳江和夫、日本鉱業株式会社販売課長奥村泰三、丸善石油株式会社東京営業所販売第二課長是川恵敏および同所長倉田定雄、大協石油株式会社営業課長笠井敏直、出光興産株式会社販売課長弘永隆、日本漁網船具株式会社鉱油部日野克巳、ゼネラル物産株式会社業務部副部長石黒功または副部長佐藤通夫、シエル石油株式会社販売部長近藤一郎ら各社の営業または販売担当責任者およびスタンダード・ヴアキユーム・オイル・カムパニー(日本支社)営業部長付北村俊夫が前後数回(二日、三日、十七日、十八日)にわたり会合した際、当時の市況ならびにその対策につき各社の立場から相互にその意向が打診されたが、特に大口需要者に対する販売につき市況におよぼす影響を顧慮して価格の競争を避け、結局は統制撤廃直前のいわゆる旧丸公、すなわち燃料油は旧元売統制額、機械油については旧元売統制額の五千円引価格を基準として自粛販売するとの了解に達したものでこれらの会合においては主として当番幹事会社たる出光興産株式会社の弘永隆らが積極的に発言し、出席者はいずれもこれを了承し、反対の見解を表明する者もなかつた。

(三) この間被審人らのうちには通商産業省鉱山局に対して石油製品統制撤廃後の適正価格につき内意を求めたものもあつたが、当局としては業者間の濫売競争や不当廉売は避けるべきであるという意向を持つていたが、特に具体的に価格の点につき指示することはなかつた。

三(一) かくして、前記会合で了解に達した自粛販売価格につき被審人らはそれぞれ電話、文書、口頭等の連絡によりその支店、出張所、営業所または特約店に対し、特に大口需要者が行う石油製品の入札あるいは見積り合せに参加する場合における右価格を指示したが

(二) 昭和二十七年七月下旬大阪市北区堂島西町一番地大阪商工会議所において、出光興産株式会社関西支店営業部長齊藤純一、日本漁網船具株式会社大阪営業所責任社員藤木雄介、大協石油株式会社大阪営業所所員吉村誠、丸善石油株式会社大阪支店次長高橋晴雄、三菱石油株式会社大阪営業所所長代理露木高良またはその代理者、日本石油株式会社大阪営業所販売課長村井政元、ゼネラル物産株式会社大阪支店支店長代理深堀斌、日本鉱業株式会社大阪支社石油課副課長河津憲太郎、シエル石油株式会社大阪支店販売部長中山善治、昭和石油株式会社大阪営業所販売課長西岡隆男ら大阪方面の営業または販売担当責任者は前後数回(二十二日、二十八日、三十日)会合し、前記本社の指示等につき意見の交換をしたが、各社共市場安定に協力することとし、同時に管下の販売機関およびその特約店に対しても右の趣旨を申し渡した。

四、右申合せの趣旨に基き被審人らは、昭和二十七年八月中警察予備隊(その後保安庁となり、更に防衛庁となり現在に至る。)および中央気象台の行つた石油製品の入札に際し(前者においては八月二十二日、後者においては八月一日の第一回入札)、あるいは東京都警視庁の七月末の同入札に当り(二十五日、二十六日)従来各自元売統制額以下の区々の価格で応札していたのに反し、旧元売統制額を基準としてこれを行い、その後も(中央気象台昭和二十七年九月二日、同二十六日十月二十九日、保安庁十月四日、同二十四日、十二月四日、十二月二十四日、翌年二月十三日、三月十三日、同十七日、五月三十日等)おおむね右価格に近いほぼ一致した価格をもつてこれを行つた。

五、ただ、スタンダード・ヴアキユーム・オイル・カムパニーは前記十社と必ずしも同一立場において行動したものではなかつたものと認められる。。

(証拠省略)

法の適用

以上の認定事実に法を適用すると次のごとくである。

一、被審人らは石油の元売販売を業とするもののほとんど全部であるところ、前記認定事実二の(二)、三および四によればスタンダード・ヴアキユーム・オイル・カムパニーを除く被審人ら(以下単に被審人らという。)は、大口需要者に対する石油の販売につきその価格を協定しかつこれを実行しているものであるが、石油販売業界においては、一般市場のほか大口需要者が行う入札あるいは見積り合せ等に応じて石油元売業者が直接大口需要者に販売するという一定の取引分野が形成されているものと考えられるので右被審人らの行為は相互にその事業活動を拘束することにより、公共の利益に反して大口需要者に対する販売取引の分野における競争を実質的に制限しているものであつて、私的独占禁止法第二条第六項に該当し、同法第三条後段に違反するものである。

二、被審人らの代理人は、

(一) 前記昭和二十七年七月中における日本自動車会館の会合は「価格引き上げの目的を以て会合したものではなく、従来より業界の親睦を図る為めの」(昭和二十九年十二月十五日付最終陳述書二ページ一行目から二行目まで)ものであると弁解するが、これら会合の目的はいずれにしても、その会合において当時の市況ならびに統制撤廃後の適正価格ないしは自粛価格として旧統制額を基準とすることが話題とされたことは証拠により明らかなところであり、しかも前記摘示の一連の事実によれば右の話合が「単なるその場限りの雑談」とは受取れず、その際中心問題であつたと主張する事業者団体設立の気運も(同上二ページ七行目以下、六ページ七行目等)その後進展具体化した事実もない。(石油元売懇話会の発足は昭和二十九年二月でありこの事実との関連は認め難い。)

被審人らもまた「その間営業上の雑談や論議の出ることのあるのは止むを得ないところであつて、右会合に於ても何かのキツカケに価格のことが話題に上つたのは事実である」(同上二ページ十二行目から十四行目まで、その他六ページ八行目、十二行目、十一ページ二行目から三行目、十五ページ十三行目等)と自認しているところであり、これらの会合を主宰の当番幹事会社たる出光興産株式会社の当事者が主となつて統制撤廃後の具体的基準価格につき意見を述べた事実によつてみるも会議の内容がな辺にあつたかをうかがい知ることができる。

なお、被審人らの代理人は会合の場所につき会合のそもそもの目的が価格引上の協議にありとすれば自動車会館は会合の場所としては最不適である(同上三ページ以下)ことを力説するが特にこれを問題とするに足らない。

(二) 次に、申合せ成立の時期については、最終的には前記会合日のうち七月十八日と認められるが、しかも被審人らの数度の会合を通じていずれも旧丸公を基準とするという態度が表明されていたのであるから、本会合の時期以後本申合せの内容と符合する入札価格の一致を見たものであれば、本件において強いて特定日を指摘することは必ずしも必要を認めないものというべきである。

被審人らの代理人は結論がなければ申合せがないかの言をなし各参考人の言葉を引用するが(最終陳述書七ページ十行目以下)これら会合はその連絡またはその模様からして一定の議事の進行の下に一定事項を結論づけ決議するというような性格を持つものではなく各社話合の間に同業にある者の常として一様の認識がえられ、それに基いてその内容が実行に移されるものと認められるものである。

また「七月十八日以前においても接近した価格があつた」(同上三十一ページ六行目以下)という点は統制額が厳として存在し、当局も極力これによるべきことを指示していた時期のことで、統制撤廃後の価格の一致は各社の申合せによるものでないという主張の裏付とするに足る理由とは認め難い。

(三) 被審人らは本件の事実をもつて当局の意向を遵守したものであるとして申合せの事実を否定するが、関係参考人の言によれば当局より一応の希望的意見は表明されたが、価格そのものについて旧統制価格の維持を明言したと認めることはできない。

被審人らの代理人の引用する参考人吉岡格の審判廷における供述にある「適正な利潤」(同上四十ページ一行目以下)という点についても各社の沿革、工場、設備、立地条件、能力、販売方針等可成相違がある上それにもまして当時の状況は一部のものは「現状の販売比率で満足せず、フアイテング・スピリツトが強かつた」というのであるから各社一様に、適正利潤を含めた価格が旧丸公であると受取ることが当然であるという考えは直ちに首肯し難い。

また別に、本申合せの事実なくして、昭和二十七年一月以降旧統制価格存在時においてすらその価格が遵守されていなかつた事実からも逆に統制撤廃直後一律に旧丸公の維持されるような現象を理解し得ないばかりでなく当時石油製品価格の上昇を見るような経済的要因は一切見当らない。これを被審人らの代理人のいう偶然の一致とは到底見ることを得ない。

被審人らは自粛値としての価格が燃料油については旧丸公、機械油についてはその五千円引が一般常識であつたというが旧丸公時において何ゆえにこの常識が破られていたか、これをもつて本件行為を正当ずける理由とは認め難い。

(四) 被審人らの代理人は、右会合の出席者について各社を代表する権限の持合せがないというが、かかる会合に際し、いずれも販売または営業関係の責任者が出席し価格を論議し、しかもその際了解に達した価格をもつて具体的入札に当つているものであり、またかかる会合の常として出席者は、各社を代表する立場にあることは明らかで、席上一々それぞれの権限を明示し合つてのことでなければ申合せなどはあり得ないという主張は採用することはできない。

さらにその経営主脳部の関知するところでなかつたという理由をもつて会社の責任を免れるものではない。

(五) 最後に証拠関係につき被審人らの主張するところ(最終陳述書十九ページ十行目以下)を判断するに、審第十三号、審第十五号、審第十六号、証第一号、証第四号を通じて中央の申合せが出光興産株式会社の誤認であり、誤伝があつたとする点は本件の経過における他の証拠と合わせ考慮すればきわめて不自然であり、証第六号および証第七号に見る丸善石油株式会社の高松海上保安部の入札の例も本社間の協定が入札価格につき一銭一厘を争うといつたものでなく要は価格協調という趣旨にあるのであるから出光興産株式会社が他の三菱石油株式会社、ゼネラル物産株式会社、丸善石油株式会社、スタンダード・ヴアキユーム・オイル・カムパニー(以下スタンダードという。)等と出先においては必ずしも同調せず協定破りをしたという事実に意味があるというべきである。(なお、問題の価格も京浜地区その他本州における価格を基準として考えれば当然この価格に落ち付くものと見られる。)

(六) これを要するに、被審人らの石油製品入札価格が期せずして一致したとする主張は成立しえず、前後の事情を綜合すれば暗黙の意思の合致を認むべく、事実結果においても上記入札の上にそのような一致した価格が現われ各社間の競争は現実に失われているのである。

なお、被審人中昭和二十七年十二月四日の指名入札の際これを辞退した日本鉱業株式会社については、同社は同年七月中の会合には出光興産株式会社とともに幹事会社の地位にありたまたま前記入札には自社の都合により参加しなかつたまでで入札辞退のゆえをもつてその責を免れるものではない。

三、ただ、被審人スタンダードは前記自動車会館における会合にもその社員を出席せしめ、石油製品入札に当り旧統制額の線をもつてこれを行つているものもあるが、同社は平素価格協定については細心であり、全記録を通じ他の十社におけるような充分な証拠がないばかりでなくむしろ反対態度を裏付ける証拠のあること掲記の通りである。

被審人らの代理人は異議申立書において、審決案がスタンダードの行為について私的独占禁止法第二条第六項に該当する事実は認められないとすることから、同社の入札価格が他の十社と大同小異の値段であつた事実からも条件のほぼ同様な他の各社も同じ事情にあつたはずであり、各社価格の一致は何等申合せによるものではないと主張するが、審決案がスタンダードのみを違反の事実を認め難いとした理由は前記事実二の(二)、三の(二)に明らかな通り、同社は平素価格協定については細心であり、同社々員北村俊夫の同社内の地位は営業販売面の責任者ではなく、自動車会館における会合にも単にオブザーバーとして出席していたことは明白であり、また大阪商工会議所における会合にも同社の者は出席しておらず、さらに前掲証拠から同社の立場は他社のそれと明確に相違して居り、単に同社の入札価格が他社と大同小異であつたことから逆に他社の申合せないし了解が否定されることとはならない。

四 最後に排除措置について考慮するにその後本件のごとき申合せは既に自然解消したものと見るを相当とするから、あえて本申合せの破きを命ずる必要を認めない。ただ被審人らの違反に至る事情にかんがみ状況によつては将来再び本件のごとき違反行為の繰り返えされるおそれなしとしないから、一般市場に対する影響も考慮し被審人日本石油株式会社ほか九社に対しては私的独占禁止法第五十四条および規則第七十一条に基き主文第一項の通り審決する。

昭和三十年十二月一日

公正取引委員会

委員長 横田正俊

委員  蘆野弘

委員  高野善一郎

委員  山本茂

委員  塚越虎男

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